2025年1月末、突然私のX(旧Twitter)のアカウントが凍結されました。
フォロワーは9,000人ほど。決してインフルエンサーというわけではないですが、長年積み上げてきた情報発信の場が、ある日、理不尽な理由で消えてしまったのです。
ヘルプを読み、異議申し立ても試しましたが解除は叶わず。
あきらめて新しいアカウントを作り、ゼロから再スタートすることにしました。
それはそれで仕方のないこととして、今あらためてXの“外の空気”に触れる中で、思ったことがあります。
「情報があふれすぎて、何が本当かわからない」ということです。
たとえば、SNSで「ダイエット」と検索すれば、いくらでも情報が出てきます。
「情報が見つからない」なんてことは、もはや起こりません。
でも、“どの情報が正しいのか”がわからない。
本当に効果がある方法なのか、それともたまたまうまくいった人の主観的な話なのか。見極めるのはとても難しい。
こういった状況を、私は「情報難民」ではなく“情報選択難民”と呼びたいと思います。
情報はある。でも、選べない。正しく判断できない。
これは、現代社会が抱える大きな課題のひとつです。
この混乱の背景には、情報発信の「敷居の低さ」があります。
今や誰でも、簡単にSNSで情報を発信できる時代。
YouTubeやXに投稿するのに、審査も資格も必要ありません。
音楽で例えるなら、昔はオーディションを通った人だけが表舞台に立っていました。
でも今は、音程が外れていても演奏が拙くても、自由に発信ができる。
これは悪いことではない反面、受信者側に“選ぶ力”がないと、質の低い情報に振り回されるリスクが高まるということでもあります。
たとえば、ダイエットについて発信している人が、実はまだ自分も痩せていない——そんなケースも珍しくありません。
これだけ情報があふれる中で、私たちに必要なのは、「見極める力」です。
つまり、情報の真偽を判断する目。信頼できる人・媒体・ロジックを見分ける力。
この力がないと、SNSの世界はただのファンタジーにしか見えなくなってしまいます。
そして、そのファンタジーに振り回されると、本当に必要なことや、現実での行動が遠のいてしまう。
極端な話をすれば、「見極める自信がないなら、SNSは見ない方がいい」。
それくらい、受信者側の責任が大きくなっている時代です。
私は15年以上SNSに関わってきましたが、今ほど「受信者の目」が問われる時代はないと感じています。
- 発信の敷居が下がったぶん、情報の玉石混交は進んでいる
- 本物の情報を見極める力が、今後ますます大事になる
- 発信の質を論じる前に、まずは受け取る側の“精度”を上げるべき
この視点を持つだけでも、SNSとの向き合い方は変わるはずです。
今日はオンラインマーケティングの話ではありませんが、
「情報」とどう付き合うかは、ビジネスにも人生にも直結するテーマだと私は思っています。


